地図訂正

法務局には土地の形状を記載した地図が保管されています。

その地図のことを公図と呼んでいます。



今回、道路形状が、現地と大きく違う公図の訂正を行いました。

なぜ現地と公図の形状が大きく違ってきたのかを考察してみます。


その地域は、明治時代には田畑の広がる地域でした。

昭和30年代後半に少しづつ家が建ち始め、分筆が行われていきました。

昭和40年代後半に大きな宅地分譲が行われ、数筆を合筆したのちに、分筆が行われました。

その当時の公図への分筆線の入れ方に問題があったようです。

いまの公図はコンピュータに入っていて、インターネットで請求することもできます。

でも、昔の公図は美濃和紙に墨で書かれたものです。

その線を上からなぞって、昭和50年代にフィルム用紙へ移行されました。

その後、フィルム用紙をなぞってデジタル化したものをコンピュータに移行されています。

コンピュータから出てきた図面は美しい線で境界を表示しています。

その元の和紙公図は境界線が途切れ途切れになっていたり、境界の折れ点が判明しづらかったりしています。

それぞれの移行の前後で形が変わったり、伸び縮みがあったりもします。

そのため、コンピュータに移行された公図と、和紙公図の両方を参考に境界の復元を行います。

今回は昭和30年代の分筆の線のを入れる時に実際よりも南の方に線を記載したため、その後の分譲の分筆ラインを記載する余裕がなくなってしまったようです。



昭和40年代の宅地分譲の際に地図訂正を行えれば良かったのですが、なぜか現在まで放置されていました。

今回、駐車場利用していたところを、マンション建設にあたり測量に入り、地図訂正までさせていただきました。

境界確認で隣接地の所有者のみなさんにも状況を説明し、地図訂正にも協力を頂きました。



戦後の高度経済成長のあたりの分筆線には要注意ですね。

過去の測量成果である公図と測量技術の進歩により、違いが生まれることは想像できます。

それを柔軟に咀嚼し、これからの未来の為に境界を共創できることが望ましいですね。

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